ジェレミー・ボウエン BBC国際編集長
イスラエルによるイラン攻撃は、アメリカのジョー・バイデン大統領をはじめとする西側諸国の首脳が恐れた激しいものではなかった。
バイデン大統領たちはイスラエルに、シリア・ダマスカスにあるイランの在外公館を4月1日にイスラエルが攻撃し、複数の軍幹部を殺害したことがきっかけで始まった危険な事態の連鎖に、区切りをつけるよう働きかけていた。
イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃してから6カ月以上がたち、ガザ地区では戦争が続く。
そして、レバノンとイスラエルの国境の両側へ、そして湾岸地域へと拡大した。
中東全域が全面戦争の寸前にあり、その危険は地域だけでなく世界全体へ及ぶと、大勢が懸念している。他方でイランは、イスファハンで起きたのは大したことではないという印象を与えようとしている。
最初のうちは、攻撃などなかったという情報が続いた。
のちに、国営テレビでアナリストが、「侵入者」が発射したドローンを防空システムがすべて撃墜したと述べた。
国営メディアは小型ドローンをネタにした面白おかしい写真を投稿している。
イランは現地時間14日未明、イスラエルに向けてドローンやミサイルを発射した。今回のイスラエルの攻撃は、これに対する反撃だった。
イランとイスラエルは何年も対立し、互いを脅しあってきた。
しかし1979年にイラン・イスラム共和国が成立して以来、イランが自国領内からイスラエルを直接攻撃したのは、14日が初めてだった。
14日の攻撃でイランは300発以上のミサイルやドローンを、イスラエルに撃ち込んだ。
そのほとんどが、米英とヨルダンの支援をうけたイスラエルの防空システムによって破壊された。
この攻撃にあたってイランは、自国の意図を明示した。イスラエルとその協力国に準備する時間的猶予を与え、ニューヨークの国連代表部を通じて速やかに、これにて自分たちの反撃はおしまいだと宣言した。
バイデン大統領はこの結果を「勝ち」として受け入れるようイスラエルを説得しようとしたが、イスラエル側は必ず反撃すると譲らなかった。
この危機は当初から、イランとイスラエルの相互理解がいかに不足しているかを露呈した。
相手をよく理解していない両国は互いに計算を誤り、危機を悪化させた。
イスラエルは、ダマスカスでイラン革命防衛隊の幹部、モハマド・レザ・ザヘディ准将を殺害したことについて、イランは激怒する以上の反応をしないはずだと思っていたかのようだ。
イスラエルの空爆によって、ダマスカスのイラン外交施設にある領事館は全壊した。
准将のほかに、さらに1人の将官を含む6人が殺された。
この攻撃をイラン領への攻撃とみなすと、イランは宣言した。
対するイスラエルは、イラン革命防衛隊の存在によって領事館は軍事拠点に変化していたため、外交関係に関する条約や慣習の保護対象ではないと反論していた。
イスラエルは建物の属性を一方的に変更しようとしたが、イランだけでなく、イスラエルに協力する西側諸国も、この言い分を受け入れなかった。
そしてイラン政府は、自分たちの反撃をもってイスラエルがこの事態には区切りがついたすることを期待していた。
これもまた、重大な誤算だった。
もしもイスラエルによるイスファハン攻撃を受けて、イランが反撃しないならば、目下の緊張関係は緩和する。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、バイデン米大統領との関係をこれ以上悪化させずに、反撃する方法を模索した可能性がある。
19日未明から早朝にかけてのイランへの攻撃が、その表れだったのかもしれない。
イスラエルがもし今回以上にイランに反撃しないのならば、ネタニヤフ戦時内閣にいる元軍幹部たちがそれで納得するのか、それが疑問となる。
イスラエルが抑止力を回復するには、大規模な反撃が必要だ――というのが、元将軍たちの理屈だっただけに。
ネタニヤフ首相を支える連立勢力に参加する過激なナショナリストたちも、イスラエルは激烈に反撃すべきだと力説していた。
イスラエルの極右政党を率いるイタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相は、イスラエルは「狂乱」状態になって反撃する必要があるとまで主張していた。
そして、イスラファンへの攻撃については、ソーシャルメディアにヘブライ語で「弱腰」とだけ書いた。
紛争の拡大につながりかねない行動はとらないよう、アメリカはイスラエルに圧力をかけていた西側諸国の政府に言わせると、中東地域にとって最善の選択肢は、イランとイスラエルの双方が今回の事態に区切りをつけることだった。
しかし、仮に今日の攻撃がこの一連の危機の現時点での区切りになるとしても、新しい前例が作られてしまった。
イランはイスラエルを直接攻撃した。
そして、イスラエルはそれに自らも直接攻撃で反応したのだ。
イランとイスラエルの対立が長年続くこの地域で、しばしば対立を律する「ゲームのルール」と呼ばれるものが、変わったことを意味する。
両国が隠然と続けてきた長い戦争は、ついに陰の世界から表舞台に出てきた。
そのプロセスを通じてイランもイスラエルも、互いに激しくこだわり続けている割には、どちらも相手の意図を読むのが上手でないと、露呈してしまった。
一触即発の地域でのことだけに、それは安心材料とは程遠い。
イスラエルとイラン、全面戦争をアメリカや西側は防げるのか!!
イスラエルの戦時内閣は、イランに対する次の一手について、おなじみの言い方で説明した。「我々が選ぶ時期に、我々が選ぶ方法」で反応するというものだった。
イスラム組織ハマスによる昨年10月7日のイスラエル奇襲を受けて、組閣された戦時内閣に参加した野党代表のベニー・ガンツ氏は、イスラエルに協力する西側諸国とイスラエルがいかに一致団結してまとまっているかを強調した。
「イスラエル対イランとはすなわち、世界対イランだ。それが今の結果だ。この戦略的成果を我々はてこにして、イスラエルの安全保障のために活用しなくてはならない」
ガンツ氏の言葉は、イランの標的をまた攻撃する可能性を排除していない。
あるいは、イラン国内に初めて公然と攻撃する可能性も、排除していない(イスラエルはすでにイランの核開発計画を、サイバー攻撃や当局者・科学者の暗殺などを通じて、繰り返し攻撃している)。
しかし、ジョー・バイデン米大統領は西側の最も裕福な主要7カ国(G7)に、会合に参加するよう求め、外交的な対応を協議するとした。
その外交的な対応が実施されるだけの猶予はあるのかもしれない。
ハマスのイスラエル攻撃を機に始まった戦争は、2週間前に一気に激化した。
シリア・ダマスカスのイラン公館をイスラエルが4月1日に攻撃したためだ。
この空襲でイランの軍幹部とその副官、そして補佐官たちが死亡した。
<button class="focusIndicatorRemove ep0i3341 bbc-1m33mva e1ita3o32">02:42</button> 動画説明,シリアのイラン公館に空爆、軍高官の死者多数 激化続く紛争
それよりも、イランがこの空襲を自国領への攻撃と受け止めたことの方が大事だった。
イランが何かしら反撃するだろうと、すぐに予想できた。
イランの反応は、それとなく察しろというようなおぼつかないものではなく、最高指導者アリ・ハメネイ師からの歴然とした声明という形をとったからだ。
イスラエルとアメリカと他の同盟・協力諸国が、準備する時間は十分にあった。
バイデン大統領は週末を地元デラウェア州で過ごしていたが、ホワイトハウスに戻るだけの時間があった。
イランは攻撃をいきなり超音速の弾道ミサイルで開始するのではなく、飛行速度の遅いドローンから始めた。発射されたドローンが目標に接近するまで、2時間もの間、その航跡はレーダーに捕捉されていた。
ドローン、巡航ミサイル、弾道ミサイルが計約300ほどだ。
そのほとんどは、イスラエル独自の強力な防空システムと、それを支援するアメリカとイギリスとヨルダンの協力によって、撃墜された。
14日の夜、アメリカを筆頭に協力国各国はイスラエルを大いに支援した。
そしてバイデン大統領はネタニヤフ首相に、次のことをはっきり伝えた。
イランの攻撃は阻止した。イスラエルは勝った。
なので、事態をこれ以上悪化させるな。イラン領内に軍事攻撃を加えたりするな――と。
イランは、自分たちは敵の攻撃を抑止できるという感覚を、イスラエルが在ダマスカスの公館攻撃で失ったため、その感覚を復活させたかった。
しかし、発射した武器のほとんどすべてが、イスラエルとその同盟諸国に途中で迎撃されてしまったため、抑止力の回復は難しい。
イランが今回仕掛けたのは、イスラエルに対する全面攻撃ではなかった。
イランはもう何年も、ロケット砲やミサイルの備蓄を積み上げている。
もっと大量の武器を使うこともできた。
レバノンの武装勢力ヒズボラは全面攻撃に参加しただろうが、今回はそうしなかった。
ヒズボラはレバノンの軍事勢力であると同時に、政治運動でもある。そして、大量のロケット砲とミサイルを持つヒズボラは、イランにとって最大の協力者だ。
イスラエルのネタニヤフ首相は、イランの攻撃によってガザ地区の状況が世界のニュースのトップから外れたことをある程度、歓迎するかもしれない。
ガザで人道的危機が続き、人質解放とハマス壊滅という戦争目的をイスラエルがいまだ実現できずにいることから、世間の注目がしばし外れたことで、ネタニヤフ氏は一息をつく猶予を一時でも得た。
数日前まで世界は、イスラエルのガザ封鎖が引き起こす飢饉(ききん)について、バイデン氏とネタニヤフ氏が対立していることに注目していた。
しかし今では、両者の連帯が話題になっている。
ネタニヤフ氏は今や、自分は力強く合理的な指導者で、国民を守っているのだと打ち出すことができる。
実際にはイスラエル国内で多くの政敵が、首相の失脚を望んでいるのだが。
イスラエルが在外公館に攻撃した。イランはイスラエルに直接攻撃した。
イスラエルの右派からは直ちに、報復するよう求める声が上がった。その要求は止まらないはずだ。
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