東京電力福島第1原発事故により、放射性物質の危険にさらされながら働く「被ばく労働者」がかつてないほど多く生まれている。事故収束のため緊急作業に当たった約2万人に対し、生涯にわたる健康影響調査が今春始まる。一方、除染に取り組む作業員についても、被ばく管理に関するルール作りが進んだ。だが、事故から4年たった現場を歩くと、管理がなおざりにされたり、枠組みから漏れたりしている人たちがいた。
◆福島第1作業員
◇原発応援、遅れた対応
福島県内の男性(34)に2月初め、封書が届いた。「放射線影響研究所」という差出人に覚えはない。中にはA4判6ページのパンフレット。「東電福島第一原発緊急作業従事者に対する疫学的研究」への協力要請だった。
男性の脳裏に4年前の記憶がよみがえる。東日本大震災翌日の2011年3月12日。悪夢の一日だった。
当時、東電のグループ会社員として東電広野火力発電所(福島県広野町)の自衛消防隊に所属していた。12日昼すぎ、第1原発の消防隊の支援に同僚3人と向かうよう指示された。
車で着いて驚いた。警備員がタイベックスーツと呼ばれる防護服に全面マスク姿で室内で身を縮めていた。
男性らは防寒着を羽織っただけ。簡易マスクすら着けていなかった。
その頃、原発では放射性物質を含む気体を外部に放出するベントが行われていた。構内のモニタリングポストで測る空間放射線量は、一般人の年間の追加被ばく線量の基準(1ミリシーベルト)を1時間で超す1・015ミリシーベルト毎時に達した。だが男性らには何も知らされない。
◇目の前で水素爆発
指示されて行った免震重要棟前に止めた車から同僚が歩き出した時、爆音とともに車の窓ガラスがぐわんとしなった。1号機の骨組みがあらわになり、保温材のようなものがキラキラと舞った。水素爆発だった。
逃げ帰った男性らはグループ会社に被ばく線量の測定を求めた。だが、測ってもらえたのは5月下旬。半減期8日程度のヨウ素131などを調べるには時間がたちすぎていた。放射線教育も事後に受け、放射線管理手帳が交付された。そこには外部被ばくと内部被ばくを合わせた線量が「9ミリシーベルト」とあるが、被ばく時の放射性物質濃度と滞在時間から算出したとみられる推定値にすぎない。「みんなでおかしいと騒いでやっと測定できた。早く対応してほしかった」
東電によると、3月15日ごろから構外で線量計や防護装備を貸し出すようになるまでは、派遣された作業員は装備なしで免震重要棟まで行き、そこで着用していた。このため男性のようなケースは他にもあったといい、「全体の人数は把握していないが、それぞれ線量の評価(推定)はしている」と説明した。
2万人健康調査へ
放射線影響研究所(放影研)は広島・長崎の被爆者の健康影響を65年間にわたり調査してきた。記者が2月に訪ねた広島市の大久保利晃(としてる)理事長の部屋には、赤い点が散りばめられた日本列島の地図が張ってあった。福島の沿岸部、東京近郊が真っ赤に染まる。よく見ると、離島や半島にも点在している。「仕事がない所からかき集められた人が多いように感じる」。大久保理事長は地図を指さした。赤い点は作業員の居住地を示す。
放影研は厚生労働省の補助を受け、今春から第1原発の作業員の健康影響調査に乗り出す。被ばくとがんなどの発症状況の関係を生涯にわたり調べるのが目的だ。対象は、緊急作業時の被ばく限度が100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げられた11年12月16日までに作業に当たった約2万人。この期間の1人あたりの最大被ばく線量は679ミリシーベルトに上る。
まず福島県在住者を対象に先行調査をする計画で、1月末にパンフレットを約5000人に送った。だが「宛先不明で戻ってきたものがいっぱいあった」。返信期限を過ぎた2月末までに返事をくれたのは1000人程度という。
4年が経過しての調査開始について、厚労省は被ばく線量の推定に時間を要したことが一因としつつ、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故による健康影響が5年たって出現したことを考えれば、決して遅くないとする。
大久保理事長は「居所が分からなくなった人のほか、亡くなった人もいる」と嘆く。作業員の協力がどれほど得られるかが調査の行方を左右する。
調査に正確な被ばく線量の把握は欠かせない。東電は「11年3月15日ごろから同月末までの間だけ線量計を代表者のみの着用とした作業が一部あったが、それ以外の作業では作業員全員に貸与してきた」と説明する。だが、線量計で測れるのは外部被ばくだけだ。第1原発の内部被ばくの測定機器は事故で使えなくなり、作業員が集まる構外の拠点にやっと機器が配備されたのは11年7月だった。
多くの作業員が事故直後の内部被ばく線量を早期に測れておらず、推定するしかない。今回の調査で改めて分析がなされるが、大久保理事長は「同じ環境でも作業時の呼吸量が2倍になれば、内部被ばくも2倍になる」と推定の難しさを語る。
男性はパンフレットを手にし、改めて見つめた。「どのくらい被ばくしたか本当のところが分からない限り、不安です」
◇労災申請まだ9件−−−−− 健康への影響、これから
東京電力福島第1原発事故に対応した原発作業員ら放射線業務従事者は、今年1月までに4万人余りに上る。このうち、将来の発がんリスクが高まるとされる被ばく線量100ミリシーベルトのラインを超えた従事者は174人。
現時点で事故対応での被ばくによる労災申請は9件にとどまるが、今後増えていく可能性もある。
福島第1原発で働いていた放射線業務従事者は、事故前の2009年度で東電社員と下請け企業など協力会社の作業員を合わせ1万303人。1人あたりの平均被ばく線量は1.4ミリシーベルトだった。ところが、11年3月の事故で放射線業務従事者は一時倍近くに増え、被ばく線量も大幅に増えた。
高線量の所が多く残る原発内での作業で懸念されるのが、被ばくによる病気だ。厚生労働省は電離放射線障害防止規則などで、被ばくが原因と考えられる病気として、白血病や悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などを挙げ、病気ごとに労災として補償の対象となる被ばく線量や、被ばくから発症までの期間の目安を定めている。
例えば白血病にかかった人の場合、被ばく線量が「5ミリシーベルト×従事年数」以上で、しかも被ばくから1年以上たって発症していたら目安に達したことになる。多発性骨髄腫は従事年数や発症までの期間に定めはなく、被ばく線量50ミリシーベルト以上が目安だ。ただし、実際の補償対象の判断は、専門家らによる厚労省の検討会で個別ケースごとに検討する。
これまで全国の原発での被ばくによる労災は13件が認定されている。内訳は、白血病6件▽悪性リンパ腫5件▽多発性骨髄腫2件。5.2ミリシーベルトで認定されたケースもある。
東電によると、11年3月から今年1月までに、第1原発の事故処理にあたった東電社員は4410人、協力会社員は3万6760人の計4万1170人。このうち、事故から1年間で5ミリシーベルト超となったのは、東電社員が2075人、協力会社員が8194人に上る。また、累積で50ミリシーベルト超は東電社員が770人、協力会社員が1485人だった。
しかし、事故処理での被ばくによる労災申請は、これまでに9件しかない。このうち6件は、被ばく線量や発症までの期間が目安に達しないなどの理由で不支給と判断され、1件は取り下げられた。残る2件は現在も調査中だ。申請の少なさの背景にはまず、目安以上の被ばくをしたからといって、必ず発病するわけではないことがある。ただ、まだ事故から4年で、今後被ばくによる発病者は増える可能性がある。被ばく線量が100ミリシーベルト超の174人のうち、東電社員は150人、協力会社員は24人。200ミリシーベルトを超える高い被ばくをしていたのは計9人だった。
放射線業務従事者の中には、被ばくが原因の発病が労災になると認識していない人も少なくないという。厚労省は「放射線被ばくによる疾病についての労災保険制度のお知らせ」というパンフレットを作成し、周知を図っている。
1時間あたりに人体が受ける放射線量を主に「マイクロシーベルト毎時」という単位で表す。1000マイクロシーベルトは1ミリシーベルト。
一般人の追加被ばく線量は0.23マイクロシーベルト毎時(年1ミリシーベルト)、
原発などで放射線管理が必要とされる区域は2.5マイクロシーベルト毎時(年5ミリシーベルト)が基準となる。
福島県の避難指示区域の基準は2012年時点で、帰還困難区域が9.5マイクロシーベルト毎時超(年50ミリシーベルト超)
▽居住制限区域が3.8マイクロシーベルト毎時超(年20ミリシーベルト超)
▽避難指示解除準備区域が3.8マイクロシーベルト毎時以下(年20ミリシーベルト以下)。
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